病気や怪我というものとはおよそ縁遠い人生で、記憶にある限りインフルエンザは一度か二度、怪我はバイクで転けて肘を擦り剥いたとかその程度だ。コロナにも罹らずむしろワクチンがつらくてメソメソ泣いていただけだった。基本的に引きこもりで外出も少なく、病気を媒介する憎き人間共との接触が極端に少ないことが大きいのだろう。そんな病気素人であるのでいざ風邪など罹ろうものなら精神的にひどく弱ってしまいメソメソとスンスンと泣き言を吐くようになる始末である。
近頃の季節の変わり目による寒暖差の影響で自律神経に多少のダメージを受けている中で、二日続けて病院を二件と薬局へ赴く用事があり、中一日空けて風邪の症状が顕在してきた。風邪のウイルスは感染から発症まで1〜3日程度、時系列には綺麗に繋がる。病院は当然ながら感染者の密度が高い場所なので細菌やウイルスを貰ってくる場所としては定番中の定番と言える。推測でしかないが充分有力な仮説として立つだろう。
感染経路が特定できたところで対処は何も変わらず、必要なのは安静・保温・水分・睡眠である。身体の免疫の仕事を邪魔せず数日大人しくしていることが最善であることくらい、さすがにいい歳なので理解はしているのだが現実は厳しく、職務において休むに休めない状況にあっては押して働くしかないこともあるというのは解ってもらうしかない勤め人の悲哀だ。病原を職場に持ち込む愚行への非難は百も承知だが、どうしようもないことも世の中には多々ある。どうか私においては不問としていただきたい。泣いてしまう。
症状がはっきりと顕在する以前、初日の程度はなんとなく風邪っぽい気配がする、オモロ、と気楽に捉えており無視してしまえる具合の悪さでしかなかったが、悪化の勢いは早くすぐに無視など出来ない猛威を振るい始め、熱と眩みと関節の痛みなど風邪症状のフルコースに常に意識を奪われては弱気に挫かれていく。体温計で熱など測ってしまうと余計に精神が叩かれてしまうので可能な限り見ずに済ませるものは見ないふりでやり過ごし、ガチしんどいオモロ、と気持ちだけは負けないよう虚勢で過ごしていた。
症状の中で特に辛いのは喉の腫れ・炎症が大きい。喉・咽頭は鼻と口から侵入してきた細菌・ウイルスの合流地点であり最初に症状が出やすい、いわば最前線である。腫れの実体である炎症反応。それは、喉の細胞に入り込んだウイルスを免疫が「ここに敵がいる」と認識することから始まる。免疫細胞を大量に現場へ送り込むため、その部位の血管を広げて血流を増やすのだ。血管が広がると血漿が組織に漏れ出すのでその部分がむくんで腫れる。痛みも炎症で放出される物質が神経を刺激するのと、腫れて神経が圧迫されるのと、両方から来ている。
唾を飲み込むのも辛いとはよく言うがその通りで、喉の粘膜が荒れている状態で蠕動(ぜんどう)運動を促すのは、怪我をした皮膚表面をぐにぐにと動かすようなもの。そりゃあ痛いに決まっている。嚥下が痛みを伴うのでは水を飲むのも億劫になり連鎖して水分・栄養不足と繋がり病状悪化へ加速する。加えて水分が不足すると今度は乾燥という状況が起きるわけだがこれも身体には好ましくなく、対処として、普段から薄らと気道全体を覆っている粘液である痰が増産されることになる。痰自体正常な防衛反応であり身体が戦っている証拠ではあるのだが人間からするとこれを飲み込むのも吐き出すのも痛みを伴うのがなんともよく出来た嫌なサイクルである。
この喉にまつわる痛みを多少なり楽にする方法として気付いたのがお湯または湿度である。具体的にはお茶などのあたたかい飲み物とお風呂である。
繰り返しになるが、喉が痛いのは炎症で粘膜が腫れて敏感になっているところに乾燥が加わるとさらに悪化するからである。喉の粘膜は本来うすい粘液の膜で覆われて保護されているが、炎症時はこれが乾きやすく、乾くと露出した神経が刺激されて痛みが増す。お風呂の湯気や温かいお茶の湯気は、この粘膜に湿り気を補充して保護膜を回復させるので痛みが和らぐことになる。
温かさの効きは二段階あり、ひとつは温熱そのもので、患部が温まると血管が広がって血流が増え、炎症で滞っていた老廃物や痛みを引き起こす物質が流されやすくなる。また、温かい液体を飲むと喉の筋肉がゆるむことで、こわばりからくる痛みも軽くなる。加えて飲み込む動作で粘膜全体が潤されること、それと水分補給そのものが粘液の分泌を支えることにもなる。脱水気味で粘液が減って喉が乾くのでこまめに潤すと底上げになる。
要するにあたたかいお茶をこまめに飲み、お風呂で身体をあたためたら布団で安静にしているとよいという話である。どちらも熱すぎるものは逆効果になりかねないので注意すべきであるが。
歴戦の病気強者である皆さまにおいては今更の話ではあろうが、10年単位で病気の記憶が無いような自分からすると中々思い出すのも一苦労で、なんなら初めての気付きである可能性もある。
一昔前は「風邪のときは風呂に入るな」という言説が有力だったように思うが、言わばこれは入浴自体の問題ではなく当時の住環境において入浴前後の温度差で体力を消耗するが故というのが実態であろう。湯気で喉と気道が加湿されて痛みと痰が楽になり、体が温まって血流が増え、温熱で筋肉のこわばりやだるさがほぐれ、清潔になることで寝心地も上がる。睡眠の質が上がれば免疫にも都合が良く、喉と全身の両方に効くので、軽〜中等症で入れる体力があるなら、むしろ理にかなった対処と言えるだろう。寝室と浴室の動線をあたたかく保ち、ダラダラと長風呂で体力を消耗しないようにし、出たらすぐ体を拭いて暖かくして、できれば髪も乾かしてそのまま布団に入る、という流れをしっかり守ればぬるめの入浴は推奨できる行為だろう。
これを書いている現在は症状が出始めて4日程、熱や眩みはほぼ無く、痛みはほぼ感じない程度には喉に違和感が残るといった具合。失って初めてわかる健康の有り難みなどと言うが風邪程度でもその思いは強く、肉体の不具合に意識を取られない自由さを早く取り戻したいものだ。このまま続けて大人しくしていれば回復に届くと楽観視しながら、やたら無駄に長い文章を書いてしまっているが、身体を労るため体力温存のためにも、話のオチまで考えるのはやめておこうと思う。